長野旅行記③~神の道を辿り、彷徨い果てに見たものは

前回までのあらすじ

宝光社を見終わると、神道を発見。これがかつて神が通った道なのか・・・!?
新世界の神に俺はならないっ!!

神の道と書いて、神道。
そんな看板が目の前に現れました。

どうやら、この神道を通っていくと中社(ちゅうしゃ)へ行けるみたいです。

ここからは、約1.4km。
微妙に遠いです、徒歩だと。

所々にまだ雪が残ってますね。
というか、森ですね。本格的な。

焚火(?)の跡らしきものを発見。
何者かがここで暮らしていたのだろうか・・・?

無慈悲に切り裂かれた木。

これは人の仕業か、人ならざる者の仕業か。
その爪痕は見る者に恐怖を与える。

クマなどに注意の看板を見つける・・・。

いつ建てられたものなのか、文字が霞んで読みにくくなっている。
何にせよ、注意はすることにこしたことはない。

厳かな神木。

見上げると、神々しい。
しかし、禍々しくもある。

この静かな場所を見守っているのだろうか。

しばらく歩くと、家が見えた。
しかし、人の気配は相変わらずない。

団欒の跡が見受けられる椅子とテーブルがそのままの状態で放置されている。
そこにいたであろう人々はどこへ行ってしまったのだろうか・・・。

険しい木々の先に見える建物。

やはり今は誰もいないようだ。
閉ざされたカーテンがそれを物語っている。

不自然に一部分だけ花が咲く場所があった。

この下に何かが埋まっているというのだろうか・・・・?

更に、その近くに古い新聞紙の切れ端が落ちていた。

その日付を見てみると・・・

昭和38年・・・!!

なわけはなく、平成19年。

そして、誰かが捨てた空き缶が転がっていた。

その潰され具合から、憎しみの度合いが窺える。

消えゆく命あれば、芽吹く命あり。

人に忘れ去られた(脳内設定)この場所にも、新しい命が誕生している。

かなり歩いた気がしたが、やっと標が見えてきた。

あと少しで中社のようだ。
神道を通ってきたが、何か日常とかけ離れた世界に迷い込んだ感覚だった。

またしばらく歩くと、山道があけて、立ち並ぶ家が見えてきた。

しかし、相変わらず人の気配は無い。

その近くに、魚を模した布が祭られていた。

いきなり庭に現れたかのような佇まい。
ここで何かの儀式が行われていたのだろうか・・・?

不自然にナンバープレートが剥ぎ取られた車。
誰かが乗っていたのだろうか。

なぜ、こんな場所に乗り捨てられているのだろうか・・・。
謎は増すばかり。

近くに蜂の巣を発見。

人の気配がしない家に君臨しているかのように見える。

まさか、人喰い蜂・・・!?
そんなわけないか・・・。

まだ雪が残っている。

しかしこれは、よく見たら危険極まりない。
何かの間違いで雪の上に乗ったら、真っ逆さまに下に落ちてしまう。

そう、奈落へと・・・。

またしばらく歩く。
今度は、ガードレールが曲がっていた。

一体、どんな力を加えればここまで曲がるのだろうか。
まさか、本当にここには人ならざる者が住んでいるというのか・・・。

更に進むと、壊れた橋があった。

この状態では、向こう側に渡ることは叶わない。
つまり、ここから逃げ出すことはできないということだ。

では、どこへ向かえば良いのだろうか・・・?

と、思ったら普通に別の道がありました。
人も普通にいて、のどかな場所でした。

たまにはこういう所もいいね。

次回は「中社」!!

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